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海外旅行で一番ありがちなトラブル

メキシコシティから夕方発の飛行機(国内便)に乗るため、がんばって早起きしてメキシコシティ行きのバスには間に合ったのだ。しかし渋滞と検問でバスが間に合わなかった。

空港の待合で頭を抱えてる黄色いシャツの人は知らない人だが、ぼくも内心はこんな気分である。

ガイドブックや旅行サイトでも防犯とか感染症などへのトラブル対策はよくあるが、「飛行機に乗り遅れたらどうするか」という情報はあまり見たことがない。このときも手元の地球の歩き方をひととおり眺めてみたが書いてなかった。不注意で遅れたらそれまで、か。

しかし人間なのだから失敗する、そのことを前提として、失敗を避けるための対策だけでなく、失敗した後どうやってリカバーするかというセーフティーネット的な部分にも力を注いだほうが建設的だと思うのだ。などと若者の雇用対策みたいなことを言っているが、ぼくはとりあえず航空会社の人をつかまえてバスが遅れたと言ってごねてみた。

考えてみればそれ以外に対策はない。ガイドブックに載ってないのもそのせいか。ごねるとキャンセル待ち券をもらえるので(無料)、それを持って次の便を待つ。

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Mole poblano vs. mole oaxaqueño

メキシコに行ったことがない方にはそもそもモーレって何だ、ということになりましょうが、メキシコ人にとっては典型的なごちそう料理として認識されている。チョコレートと唐辛子がベースのソースで肉を食べるものなので、日本人に食べさせるとするならきっと人を選ぶだろう。どうか偏見のない心でご覧いただきたい。

こちらはモーレ発祥の地とされるプエブラのもの。たしかここと同じ店だったと思う。チョコレートの味がしっかりしてるけど甘さは控えめ、やさしい感じでうまい。そしてなつかしのセブンアップが出ているところにも注目していただきたい。

次はオアハカのもの。

Mole coloraditoとも呼ばれる、ちょっと赤みがかった色合いのソース。スパイスの香りと唐辛子の辛味を強調した力強い風味だ。そういえばオアハカには7色のモーレがあるとか聞くがそんなにたくさんは見たことがない。

オアハカとモンテアルバン

プエブラからさらに南へバスで4時間半、オアハカという町に着く。旅行だけで通算8回も行っているメキシコだが、初めて行ったときに訪れた場所がここ、いわば自分にとっての原点だ。今回の訪問は実に6年半ぶりとなる。6年半で8回って年に1回以上行っている。そういえばそんな時期もあった。

先住民の伝統文化や植民地スペイン時代の面影を残す落ち着いた情緒、とかガイドブックに書いてありそうだが、メキシコではわりと典型的な風景だ。前々から何かのついでに再訪したいと思っていたのだけれど、2007年くらいに暴動が起こって渡航危険情報が発令されたりして、なんやかんやで足が遠のいていた。

危険情報も解除された今、改めて見てみるとのどかでいいところだ。暴動があったんならもう少しものものしい感じの場所があってもおかしくない、と思うが、暴動の後って一般的にどういう感じなのかは知らない。


バンド演奏にあわせて踊る人たち(ステレオタイプ的のどかな風景)

そもそも6年半前にどういう経緯でオアハカにまでやって来ることになったのか思い出した。当時大学生だったぼくはそれまで日本から一歩も出たことがなかったのだが、学校で習うくらいのスペイン語はひととおり知っていて、友人からメキシコに行くからよかったらいっしょに来ないかと声をかけられたのだ。で行ってみたら他の参加者は全員スペイン語ができない人だった。

あのとき一緒に行ったみなさんには、海外初めての人に引率されるような形になってしまって申し訳なく思う。ぼく自身は海外旅行ってどういうものなのかわかったという意味で、わりといい経験になった。遺跡2か所に行くのに5人でタクシーを半日借り切ったり、いろいろ無茶をした。


そのとき宿泊したところ

遺跡がおもしろいと思ったのもそのときがきっかけ。今回はこの近辺で一番有名なモンテアルバンという遺跡に行ってみる。むろん上の写真の宿の名前もこの遺跡に由来している。

モンテアルバン行きのバスは、リベラデルアンヘルというホテル内のツアー会社から出ている(地図)。だがそこにたどり着くだいぶ手前でツアー会社の人に声をかけられ、ついて行ってみるとそのホテルの真ん前で競合他社をやっていた。この競合他社はGoogleストリートビューにも写ってないので最近できたものだろう。日本だったらきっともめる。


競合他社の看板。午前中から昼までの間は帰りのバスが行きの3時間半後と、たっぷり時間をとってあるのがうれしい。Taquillaって旅行中の頻出単語ですがチケット売り場のこと

そういえば台湾の台中市では、「太陽餅」という人気のあるお菓子の元祖を名乗る店が4軒横一列に並んでいた。それとちょっと似ている。

遺跡は日光いろは坂、あるいは峠の釜飯の横川駅から軽井沢に抜ける旧道、みたいな曲がりくねった山道を登った上にある。所要時間は30分くらい。


Patrimonio cultural de la humanidad は世界遺産の意


世界遺産になるとチケットも豪華。カカシュトラのと比べるとデザインも凝っているし、遺跡独自の写真がプリントしてあって、格付けはAAA。でも値段は2ペソしか違わない

この遺跡の注目ポイントは、アメリカ大陸最古の計画都市であるというところ。紀元前500年くらい、ヨーロッパで言うと共和制ローマが始まったころ、中国では孔子が活躍していたくらいの時期から人が住んでいた形跡があるという。メキシコの文明は石器時代が長かったので、ぱっと見で古そうに見えても1000年も経っていないような遺跡がわりとよくあるのだが、こちらは2500年。これは古い。


中米の遺跡ではおなじみの球戯場も古くて、紀元前100年

もちろん古いだけではない。風景もいいし、建造物もいい。


丘の上に広がる遺跡だが、全体的には平坦


エステラ(estela)と呼ばれる柱状の石碑。古い時代のものであるからか、マヤ系の遺跡でよく見る凝った装飾に比べるとだいぶ素朴な印象、でも古代中央アメリカ文明に共通するエッセンスのようなものはそこはかとなく感じ取れる。口元に吹き出しを描いて話し声を表すとか


このあたりの建造物はクラシックスタイルなんじゃないかと思う。古代の技術ででかい建物を建てようとすると自然と形が似通ってくる、とも考えられるが


遺跡の北側、「104号墳墓の住居」という案内板があるエリアに行くとすばらしい眺め。「墳墓の住居」って変だけど、要はその墓に埋葬されていた人らが住んでいたと思われる場所、という意味。このあたりから天気がよくなってきた


遺跡を北から南に突っ切っていく。やはりメキシコの遺跡には抜けるような青空がよく似合う。このあたりで日焼け止めを宿に置き忘れてきたことに気づく


南側はこちらに登って眺めるのがよさそう


ずっと歩いてきた北側を見渡す。人が写ってることでスケール感が伝わるんじゃないでしょうか

上の写真の右中央あたりに写っている建物は天体観測に使われていたと考えられている。天文学で有名なのはマヤ文明だが、古代にはどこでも天気を予測して農業を計画的に進めるために天体観測が必要だったので、観測施設が残っている遺跡は多い。


これです

この壁面にも彫刻が施されている。線彫りのシンプルなもので、モンテアルバンが他の民族を征服した記録だろうと言われている。


モンテアルバンの紋章と、その下に逆さまになった人間の顔がある

最後はモンテアルバンで最も有名な「踊る人」の彫刻。「踊る人」というのは通称で、実際には征服された民族の首長が生贄にされる姿をモチーフにしたものだという。何かと血なまぐさい話には事欠かないのも中米の遺跡の特徴だ。


遺跡の西側に「踊る人のギャラリー」と名づけられた一角があり、似たような彫刻が無造作に並べられている


屋内展示もある。屋内って言うのかこういうのは


内部はこんな感じ。このほうがそれっぽい

オアハカからすぐ行って帰ってこられて、あまり体力使わずに楽しめるのでおすすめ。初心者の方も、海外初めての方も。

旅行記は作成中です

旅行記の長い記事を書いているが間が持たないので

中学生のころ、父が買ってきた野球雑誌をよく読んでいた。当時西武の監督を退任した直後の森祇晶氏のコラムがあって、そのタイトルが「心に刃をのせて」というものだった。知り合いのお坊さんに「忍という漢字は心臓に刃をのせるような苦しさを表している」というようなことを言われてから気に入っているフレーズなんだそうである。

ところでこの前病院に行ったら駐車スペースの地面のアスファルトに「患」と書いてあった。

心に串をのせて

これだと病を患う苦しさをあまり表現できていない。ハツ(焼き鳥)みたい

本日の写真、というかだいぶ古いのだが

カレーうん。いろいろな意味でギリギリセーフ。

ソーセージは世界中のどこに行ってもハズレがない

吉祥寺の駅前にポヨというローストチキンの店があるのをご存知でしょうか。ああいった感じの釜で鶏を丸焼きにして切り売りしている店がメキシコにはわりとあちこちにある、で、特にプエブラには多い気がする。ポヨ(pollo)はスペイン語でチキンのことで、吉祥寺のお店を作った人はメキシコでこういうのを見たことがあるんではないかと個人的に推測している。

ちなみにrosticeríaというのはロースト屋さんを意味する一般名称で、調べてみたら中米でしか流通していない単語なのだそうだ。スペイン語圏の他の国でもこういう形態の店はありそうだけどそういうところでは何と呼ぶんだろう。アルゼンチンあたりでもっとでかい釜を使って牛とか丸焼きにしてそうじゃないか(イメージ)

行ってみたら釜の端っこでソーセージを焼いていた。明らかにBクラスの扱い。串刺しのソーセージ、縁日の屋台で見かけるようなもの。


食べかけですよ

メキシコなのでやっぱりチリソースをかける。そして容赦なく辛い。

記念硬貨&紙幣を追う

プエブラでお釣りにもらった5ペソ硬貨。ふつうの5ペソ硬貨と違って人物の肖像が彫られている。独立200周年記念デザインなのだ。


彫られているのはホセ・マリア・モレーロス。スペインとの独立戦争で活躍した英雄的な軍人で、ふだんは50ペソ紙幣の人としておなじみ。ちなみにふつうの5ペソはこの面にメキシコの国章が彫られる

いわゆる記念硬貨なのだけれど、日本みたいに一部のコレクターだけに出回って終わりなのではなくて、ふつうに町なかで買い物をしてお釣りとしてもらえるくらいに普及しているところがいい。そういえば2001年の新ミレニアム記念の10ペソ硬貨も当たり前のように流通している。未使用ならきっと骨董的価値も高まるんだろう。

で、こういうものは1種類であるはずはなくて複数あるものだ。と思ってお釣りや両替でコインを手にするたびにいちいち両面をチェックしていた。

そして2枚目を入手。これはこのあとに訪れたビジャエルモサという町で。


今度は革命100周年記念デザイン。カルメン・セルダンは弟のアキレス・セルダンとともに、独裁者ポルフィリオ・ディアスを倒す運動を推進した人だそうだ。プエブラ出身だそうで、プエブラでもらっておけばよかった

さらに紙幣もあった。2010年は独立200周年&革命100周年ということで、200ペソ札が独立デザイン、100ペソが革命デザインとなっている様子(200ペソは手に入らず、現地で知り合った日本人の方に見せていただいただけ)。


革命と蒸気機関車が何の関係があるかというと、チワワ太平洋鉄道の建設に協力したのが革命の中心人物の一人パンチョ・ビジャだったから、とかなんとかだった気がする。うろ覚え


裏返すとこんな感じ(どっちが表なんだ?)。こちらは革命軍の絵柄。右側の窓がとうもろこしの形になってるのもかわいい

サボテン

カカシュトラの遺跡の入口でタコスの屋台をやっていた。ここは具材がおもしろくて、かぼちゃの花とか cuitlacoche(とうもろこしの実に生えるキノコみたいなもの)なんかを出していた。牛肉とか豚肉のタコスだったら別に日本でも食べられるのだ。

写真はサボテンと玉ねぎのタコス。皮の部分は maíz morado という青紫色の実をつけるとうもろこしで作る。

さらに台湾

超かわいい ろへろへ瓶

流れをぶった切って台湾

キャベジン ソーダ クラッカ。2日酔いに効きそうな。

カカシュトラ(メキシコと言えば遺跡)

メキシコに行くときいつも持っていく地球の歩き方は2006年版だ。掲載されている観光名所の数は限られている。今回のように何度も来たことがある場所に数日滞在ということにしてしまうと、遊びに行く場所がなくて困ったりする。

プエブラのページに掲載されている遺跡は2か所。1つめはチョルーラ、これは前回行ったところだ。もう1つがカカストラ。

地球の歩き方を見るとカカシュトラ Cacaxtla、と書いてある。Xをシュと読むのはナワトル語か。僕はスペイン語しかわからないので人に道を聞くときはカカストラとスペイン語式に発音することにした。海外では道聞きスキルがモノを言う、と思う。

地球の歩き方によればプエブラの中心街からバスターミナルまでバスで15分、バスターミナルからサカテルコという街までバスで40分、サカテルコからカカシュトラまたはカカストラまでさらにバスで40分。ちなみに隣の州である。都心から所沢くらいまで行くような感覚だ。それはプエブラのページに記載してよいのか。舞浜の夢の国が東京を名乗るのと同じようなものか。


プエブラのバスターミナルは、平穏な中心街からだいぶ離れている。周辺はがちゃがちゃして汚くて、これぞ中米の大都市といった感じ


ターミナル(地図)。Verdesという会社のバスに乗る。料金は10ペソ(70円)


サカテルコ、こんなところで降ろされる(地図)。ここも事前にサカテルコサカテルコ言っておかないと通過されそうな感じがする。隣に座っていたおじさんと「サカテルコ?」「サカテルコ!」という原始的なコミュニケーションをした

ここから遺跡まではワゴン車を改造したような小型バス、スペイン語でコレクティーボ(colectivo)という、そういう車に乗っていく。ぼくはこの小型バスでしょっちゅう乗り過ごしている。


着いたら教えてください、と運転手に頼んで降ろしてもらったところ(地図)。この写真は遺跡入口を背にして登ってきた道のほうを見ている。プエブラ→サカテルコ→カカストラと、順当に田舎っぽさが増していくところがいい

このあたりまではストリートビューで見られるのでぜひご覧いただきたい。ぼくがわざわざ行って写真を撮ってくる必要はなかったんじゃないかと思える。

ここで豆知識。メキシコで公開されている遺跡はすべて国立考古学人類学研究所という機関が管理している。ガイドブックでの扱いが小さい遺跡でも、看板とチケットを見ればメキシコでどのくらいのランクとして扱われているのかが大雑把にわかる。


この角丸のオレンジの看板は必ずある。「トラスカラ州の文化遺産」「国の文化遺産」と書いてあるのでそれなりの扱いということ


チケットがGeneral(一般)なのでちょっとランクは下がる。左下にプリントされている格付けはAA(上から2番目)、これは入場料に反映されてくる。49ペソは350円くらい

遺跡は市街地から少し山側に上ったほうにある。さすがに敷地内まではグーグルも入れないようなので、ここからが本編だ。麓のほうに向かっての見晴らしはなかなか、しかし9月中旬だというのに風が強くてかなり寒い。


右の屋根で覆われているところが遺跡のメイン部分。中央付近にもうひとつピラミッド状の建造物が見える


メキシコで2番目に高い山であるポポカテペトル山を望む。上のほうが雲で隠れて見えない。天気がよければ第3位のイスタクシワトル山も見える


入ってすぐ、神殿の基壇が残っている。これは何だか扱いが小さく、注目して見ている人もいない様子


メインの屋根の下にみんなで登っていく。外国からわざわざ来ている観光客はぼくだけで、あとはみんなメキシコ人だった


写真だと伝わりにくいが、とにかくこの屋根がでかい。遺跡以前にこの巨大建築に目移りしてしまう


先ほどの神殿の基壇が見える


屋根の下全体像。ひろい。体育館2つくらいは入りそう


見どころは壁画。カカシュトラが栄えたのはだいたい西暦700~900年ごろなのだが、当時の顔料がそのままきれいに残っている。この壁画の人物が身に着けているスカートのようなものは金星の象徴なのだそうだ


とうもろこし、カカオ、おじいさん、物々交換の商品を運ぶ籠、だそうです。この籠をカカシュトリと呼んでいて、それが遺跡の名前の由来とのこと。発掘作業用の階段が見えるのもいい


吹きっさらしで寒い。雨が降ってないので屋根のありがたみが感じられない


ガイドの説明に聞き入る人たち。団体ツアーではなくいろんなグループが混ざっているようで、たぶんガイド料を払っているのはその中の1組だけなんだろうな、と思いつつ自分も聞く


こちらの壁画は若干損傷が見られるが、戦争の様子または生贄の儀式を描いたものだろう、と案内板に書いてあった。ガイドさんは実際の戦争にこんな小さい盾を使うわけがないので儀式だろう、と言っていた


「鷲の戦士」と「ジャガーの戦士」が描かれた門。これはアステカ系の文化圏で広く崇拝されていたモチーフ

交通アクセスが今ひとつよろしくないのが難点だが、古代の壁画が好きなら一見の価値があると思う。かっこいい建造物を気軽に見て登って楽しみたい方にはチョルーラのほうがおすすめ。


眺めはいい。天気がよければもっと